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2017年 02月 15日 ( 1 )

青磁水仙盆…乾隆帝の詩

北宋時代の汝窯青磁水仙盆をこよなく愛した清朝・乾隆帝
汝窯水仙盆を手本に自らも景徳鎮官窯で作らせたというオマージュとしての水仙盆
紫檀の台座に収納されている乾隆帝が詠んだ詩文が素晴らしい。
図録集に原文とともに訳文も掲載されていたのでここに記しておきたい。


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「官窯は「修内司」を始まりとするが、その当時、民間で使用することは禁じられていた。
今や六七百年の歳月を経たのち、暁の星のごとく少なくはあるが、なおも伝世の作品が残される。
犬の餌をあたえるのに用いたとは杜撰な伝説であり、その事から唐の宮中の奢侈を批判するわけにはいかない。
明けがたの清らかな井戸水に手を清め、腕輪を水に浸し、(この磁器を)『玉臺新詠』の詩人に贈るのが、ふさわしいといえる。
わずかに「へい暴」(磁器の瑕、亀裂が入り膨張するさま)が見られるが大きな欠点ではなく、あたかも玉のようであるので、玉に瑕というのも仕方がない。
名声が実情を上回ることを君子は恥と見なすが、(この磁器の色合いのように)光を和らげて世俗に交わるのは、ひそやかに生きる賢者の心である。」

[日本語訳:新井崇之、早川太基]
展覧会図録<特別展「台北國立故宮博物院北宋汝窯青磁水仙盆」>より抜粋。


故宮博物院に残るコレクションの多くは乾隆帝が収集したものだろう。

ウィキペディアを見るとこう記されている。
中華民国期の1928年に国民党の軍閥孫殿英によって東陵が略奪される事件が起き(東陵事件)、乾隆帝の裕陵及び西太后の定東陵は、墓室を暴かれ徹底的な略奪を受けた。これは最後の皇帝だった溥儀にとっては1924年に紫禁城を退去させられた時以上に衝撃的な出来事であり、彼の対日接近、のちの満州国建国および彼の満州国皇帝への再即位への布石にもなった。」

血なまぐさい歴史が横たわっているものの、
数世紀を経て、今こうして至宝ともいえる品に出会えたこの一時は至福の時。
歴史の深さ重さを思う。


Machi。







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by machiiihi | 2017-02-15 10:13 | 展覧会