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マチの、映画と日々のよしなしごと

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カテゴリ:本( 30 )

塩野七生さんを読んでトキメク。

2階の踊り場においてあるスチール製の書棚。
読んだ本、読みかけて途中でやめた本、買ったままいつの間にかここに置かれた本などなど
取りあえずの本の置き所。
書店でかけてもらったカバーのままのが多い。
たしか数年前に買ったはずと思い出して。これかあれかと本の列から一つ一つ取り出して確かめることもよくある。
どっかでカバーを蓮して本を整理しましょうと思いつつ、
そのまんま
で、
ぐうたら虫にカツ入れてカバーだけは外してみた。
あらっこれ!これ!って思う本があった時の憂いしこと
これってどんな内容だった?ってのも多い。
読んだ端から砂地獄みたいに記憶の砂にの中にずるずると滑り込んでしまっている。

そんな記憶の砂地獄から引きずり出したのが
塩野七生さんのルネサンス歴史絵巻三部作。
これは「三つの都の物語」として合体版も刊行されているが、私の本棚にあるのは朝日文芸文庫本3冊。
「緋色のヴェネツィア~聖マルコ殺人事件」
「銀色のフィレンツェ~メディチ家殺人事件」
「黄金のローマ~法王庁殺人事件」

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権力を巡る陰謀、不条理な世界、だからこそ一途な愛が切々と伝わる。
いやぁ読み返してみて、やっぱり面白かった。

叔母にメールで
「韓ドラ見るなら塩野七生を読みましょう!」って。
叔母もせっせと図書館通いして読んでいる。

今はルネサンス3部作の10年前位に書かれた小作品集「サロメの乳母の話」を読んでいる。
「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅な冷酷」ももう一度読みたいな。
見つからないから探さなければ……
息子のお気に入りは「コンスタンティノーブルの陥落」だそうだ。
どっかで貸してもらおう。

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「ローマ人の物語」はカエサルが死んでから以降はちょっと詰まらなくなって中断してしまっている。

心動かされる新刊が見当たらないのは、作家の年齢をずっと通り越しているから?
そればかりじゃないだろうけど。、それもあるかも。
かつて心躍った本をじっくりと読み返してみようか。
そう思うこの頃。

叔母に教えてもらったNHK・Eテレで放送されていた「100分de名著~三国志」。
久々に刺激されて「三国志」もまた読んでみようかと。
叔母は柴田錬三郎版で読んだらしいけど。
私は痛快っぽい北方謙三版で読んでみようかしらと……。

ときめく映画に出会わないから
本だけでも、でときめきたい。



マチ。


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by machiiihi | 2017-05-25 10:48 |

茨木のり子「ハングルへの旅」

詩人である茨木のり子さんの著書「ハングルへの旅」
茨木のり子さんとの出会いは一遍の詩から。
日々たらりたらりと過ごしていた私に彼女の詩は衝撃だった

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ


寄りかからず凛として生き抜いた人
その彼女が50歳を過ぎてからカルチャーセンター通いをして学んだというハングル語。
動機は様々
心奪われる仏像が全て朝鮮系であったことも一つだろう。
少女時代から「朝鮮民謡選」を愛読し、隣国の言葉に惹かれるものがあったのも一つだろう。

大正15年生れの彼女は、日本と韓国の二つの国の歴史、国民感情といったものを生々しく知っていた世代でもあるだろう。
60歳でこの本を書き綴った彼女の隣国に向けられた眼差しは、人懐っこいほどの愛おしさと、鼻の奥がツンとくるような郷愁をも感じさせ、そして日本と韓国の歴史が生み出した悲哀にも触れる。


発行は1986年。
今から30年ほど前。
いわゆる日本で韓流ブームと騒がれるもっと前。
表向きの装いは変わったかもしれないけれど
人の営みそのものは今も30年前もちっとも変わっていないだろう。


旅の終わりに茨木のり子が痛みと共に書き綴った3人。


朝鮮の土となった浅川巧
2011年、東洋陶磁美術館で開催された「浅川巧生誕120年記念 浅川伯教・巧兄弟の心と眼~朝鮮時代の美~」で、韓国の白磁の美に触れ、そして浅川兄弟の存在を知り、とりわけ弟の浅川巧氏について胸打たれた。
高橋伴明監督で「道~白磁の人」の映画も公開された時期でもあった。

戦前戦中に活躍した舞踊家、崔承喜。
敗戦色の濃くなった1944年(昭和19年)、帝劇で行った20日間の公演は連日超満員だったと言う。
16歳のとき大正天皇崩御の葬列では、後ろ向きにお辞儀をしたというエピソードがあるという。日本で「半島の舞姫」ともてはやされながらも、己の矜持をしっかと持っていた姿勢は、彼女の琴線をかき鳴らしダだろう。


そして留学していた日本の地で、敗戦のわずか半年前に27歳の若さで獄中死した伊東柱。



読み終えて、
人として
そんな言葉が胸の奥深くまで沁みわたるよう気がする。


眼からウロコのあれこれも嬉しく
馥郁とした時間を味わった一冊ともいえる。

 
  茨木のり子
  2006年死去。
  享年79歳
  
  
  素晴らしい旅をありがとう。
  あらためて
  詩人の魂に合掌。



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Machi。


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by machiiihi | 2017-04-27 10:54 |

村上龍・著「コイン・ロッカー・ベイビーズ」

やっぱり村上龍はいいよな!
凄いよな!
って改めて思った
「コイン・ロッカー・ベイビーズ」
ちなみに
ねんのため
村上春樹ではありません。
村上龍です。

芥川賞を受賞した「限りなく透明に近いブルー」(1976年)のあと、1980年に刊行されたのが本作「コイン・ロッカー・ベイビーズ」
「限りなく透明に近いブルー」は読んだんだけど、本作は未読。
たぶん当時の私には重過ぎるテーマだったんでしょう。


ほとんど同時代の私と村上龍。
自伝的小説「69sixty nine」などは私の高校時代と重なる空気充満で楽しく読んだ。
通学電車で違う高校に通う友人が、「英語のテストで、<enterprise>の単語の意味が分からなくて<原子力空母>って書いた」って大笑いしたそんなお喋りも思い出した。
そんな時代に高校生だった私も村上龍も。


彼の小説やエッセーを読んでいると、同時代感覚といういか、共有できる感覚がある。
連帯感とでも、信頼感とでも、そんなものにも繋がる様な……。
それは今の彼からも変らず感じられる。

WOWOWで放映されてた韓国映画「コインロッカーの女」を見て、映画情報を検索していて、村上龍の本作にぶつかったのがこの本を手にとったきっかけ。

久々に読む彼の小説。

彼の20代後半の作品。
当時、社会問題にもなった多発するコインロッカー幼児遺棄事件を題材にした本作。
ここまで描ききっているということに、
やっぱり芥川賞作家だなって妙なところで感心させられる私。
感心してしまう私。

映画でいうならシークエンス
その一連のシーンの描写に改行が無く、すっと書き綴られている。
それでも読み手を文字の流れから目を逸らさせない、ぐいぐい引きずり込ませる力。

文庫本になった時は元々は上下2巻だったのが、新装版として一冊になったようです。
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一気に読みました
村上龍氏の「コイン・ロッカー・ベイビーズ」
久々に
小説らしい小説を読んだ!っていう、重さを伴う充足感に浸れました。

「映画らしい映画 見た!」ってのと同じ感覚ね。


スマホの四角い枠の世界じゃやっぱり生きられないのよね。



Machi。








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by machiiihi | 2017-04-05 13:05 |

豊田隆雄・著「本当は怖ろしい韓国の歴史」

高校時代、世界史の授業がやたらめったら面白かった。
歴史を語る先生の活劇弁士も負けるくらいの熱弁と、落語家の如き滑らかな語り口でもって、大陸を縦横無尽に駆け巡り、さながら大スペクタルシーンを見ているようで……
先生は本当に歴史が大好きで仕様がなかったんだろうなって思う。
生徒であった私は先生の話を聴くだけで大いに満足してしまって、それ以上に世界史を勉強するところまでは行かなかったのは不覚。

著者である豊田氏は現役の高校教師だとか。
たぶん世界史の先生だろう。
授業もきっとこの本同様に面白いだろうなって思う。
読みながら高校時代の世界史の授業を懐かしく思い出した。



ノンフィクション作家の立花隆氏が、「見かけも作りも安っぽくていかにもお手軽な本なのだが、読み始めると、結構内容はちゃんとしていて、面白い。史実も押さえるべきところはおさえてあるし……」と本書について評されていたのに興味がそそられた。

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韓国映画の、とことん描く、本音で迫るってところが結構新鮮でお気に入りなのだが、それがテレビドラマとなると、特に歴史ドラマ、宮廷ドラマに顕著なんだけど、途中まではそれなりに面白いのだけれど、はなしがすすむにつれ王座をめぐ奪い合い、白も黒と塗りたくってのなにがなんでもの感情垂れ流しの血みどろのぶつけ合い、短絡的かつ頑なな登場人物たちに辟易し、見続けるのも疲れてしまうこともある。
「恨」の民族と言われるだけあるわってつくづく思う。
こういうドラマを作り、それを観る韓国の人ってどんだけタフなんだとも思う。
近くて遠い国。
イメージだけで知っている気になっているけれど、その実あまり知らない彼の国。
朝鮮半島が辿ってきた歴史を通して韓国を知るのも悪くはないなと、本書を読む。


アジアの歴史を俯瞰した本書。
とっても読みやすくって、高校の歴史の教科書(私が高校生だった頃の教科書ね。今の教科書の記述レベルがどんなのかは知らないから、この例えはあってないかもしれないけど……)にもう少し書き手の鋭い突込みが入ってあって、それがスパイスとなってとっても読みやすいし、かつ面白い。


日清・日露戦争なんて、今では言葉だけは知っているけれど、勃発までの経緯や原因などは頭の中で霧散していたけれど、そうだったのねって認識を新たにする。
そうやって韓国は生き延びてきたのねって思う。


巻末の著者略歴を読むと、
著者は現役の高校の教師。
学生時代の専攻は東アジア研究。
韓国人留学生や中国人留学生から歴史に関する議論を挑まれた経緯から、正当性を得る為に書物を読み漁り、日本の歴史に関心を持つようになる。
「歴史を知るなら、最後は史料」がモットー。
とある。


史料を読み込んで消化し血肉となった上で本書を書いたのだろう。
滑らかで秋させない語りから十分にうかがえる。



「おわりに」で著者の豊田氏が書いている言葉を掲載する。
………筆者が本書を執筆するにあたって、日韓の関わりを改めて振り返ってみて分かったのは、日韓併合から現在までという期間は、わが国と彼の国との関係の歴史において、ほんの断片に過ぎないということだ。
「相手を理解した」と言い切るには、あまりにも短い。だからこそ、学ばなければならない。
……韓国の歴史は漢民族の侵入と、中国への服従の歴史である。日本のそれと比べてみるとあまりにも波乱万丈だ。大陸の勢力図が変るたびに抜け目なく頭を下げる相手を変え、機嫌をとろうと貢物を送る。それでも攻められれば島に逃げ出して、地の利を頼る。
日本との関係も利害関係が絡み複雑怪奇だ。友好関係を築いた渤海や百済のような国もあれば、倭寇を野放しにしているとして攻め込んできた高麗のような国もあった。
本書に書いた日韓の関係は、長年の友好国とは言えないものの、数百年の因縁がある敵同士という表現も当てはまらない。むしろ変っていくとしたら、両国の往来が楽になったこれからではないだろうか。私自身は、韓国で親切な韓国人にたくさん出会った。


第一章 神話の歴史と古代国家の成立
第二章 統一王朝 高麗と外敵の襲来
第三章 朝鮮出兵と李氏朝鮮の盛衰
第四章 日韓合併 日本の一部となる
第五章 国家分断 戦後の朝鮮半島



俯瞰的だけれど、こうして新たな視点で韓国そして日本を振り返ってみる機会となった本書。
是非一読を!




Machi。

追記
よく似たタイトルに、著者の苗字も同じで間違えやすいけど、豊田有恒氏の「本当は怖い韓国の歴史」(祥伝社・新書)ってのがある。
こっちは未読でなんともいえないけれど、別物です。
参考まで。






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by machiiihi | 2017-03-15 10:42 |

こうの史代「この世界の片隅に」

いまもまだ上映中のアニメーション映画「この世界の片隅に」の原作を読む。

映画公開時に息子が「漫画だけどとてもいいよ」って貸してくれたもの。
活字物があれこれあって、映画観終わった後もこちらを読むモードに切り替わらなかったけど、
ひょこっと間が空いて読んでみようかという気になって……


前編の表紙をめくると
「この世界のあちこちのわたしへ」の言葉が。


「のん」こと能年玲奈さんの「すず」の声が耳の奥で甦ってくるような……


すずが、道に迷って紛れ込んだ遊郭。
そこですれ違った一人の遊女白木リン。
映画ではさらりと描かれているだけだったけど、
リンにもこの世界の片隅でリンの人生の欠片だけど描かれている。


「誰でも何かが足らんぐらいで
この世界に居場所はそうそう
無うなりゃせんよ
すずさん」



「ほいでも
なんで
知らんでええことか
どうかは
知ってしまうまで
判らんのかね」
すずの言葉に、生きていくということのしんどさが……


後編でも「すず」の人生の一片とと「りん」のそれとが交差する。


そして水原哲
海軍士官兵となってすずの前に現れた哲
「わしはどこで人間の当たり前から外されたんじゃろう
それとも周りがはずれとんのか。
ずっと考えよった」

「じゃけえ
すずが普通で安心した」
「ずうっと この世界で普通で…まともで居ってくれ」
そんな哲の言葉を普通に黙って受け止めるすず


姪の晴美を失い…
右手を失い…

「生きとろうが
死んどろうが
もう会えん人が居って
ものがあって」

「うちしか持っとらん記憶がある
うちはその記憶の器として
この世界に在り続けるしかないんですよね。」

のんの声と重なってすずの声が聞こえてきそうな……
やっぱり原作も読まないと
この映画は
そう思います。



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で、映画化にあたって、どれを、何所まで斬り捨てるかって
至難の業だがってこの原作を読んでしみじみ思う。

画家がどこで絵筆を置くか…それが名作と駄作の分かれ道だとか。
凡人はつい手を入れすぎてダメにしてしまうんだそうだ。
高校で美術部の顧問だった先生の話を思い出す。



Machi。


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by machiiihi | 2017-03-09 15:29 |

「荊の城」…映画公開までに読み終わらないと

2004年刊行のこの本
サラ・ウォーターズ著「荊の城」(上・下)

面白いです。
通勤電車の中で夢中になって読んでます。


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映画「お嬢さん」が公開されるまでに、原作である本書を読み終えたいところだけど…
限られた時間の中での読書タイム。


映画も、多分、ハ・ジョンウの出る映画は今まで外れなしだから、これも大いに期待してます。


3月3日から公開の韓国映画「お嬢さん」の原作が本作。
舞台を19世紀のロンドンから、1930年代の日本統治下の朝鮮半島に置き換えて、
伯父の厳格な保護下で暮らす貴族の嬢さんにキム・ミニ、
伯爵と称し、お嬢さんに近づく詐欺師にハ・ジョウ、
ハ・ジョンウが差し向けた下女に新人キム・テリ、
映画のポスター観てるだけで役者は揃ったの感あり。

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Machi。



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by machiiihi | 2017-02-27 14:31 |

原田マハ著「ジヴェルニーの食卓」

先日見に行ったデトロイト美術館展のビデオ映像で、竹中直人さんと一緒にゲストとして出てらした原田マハさん。彼女の画家に対するコメントの一言一言がいい感覚しているなって印象を受け、彼女の著作リストをアマゾンでチェック。
タイトルに惹かれてクリックしたのが本作。
この作品って直木賞候補にもなったんですね。


ジヴェルニー
画家クロード・モネが定住した地「モネの家」があることでも知られている。


私って、受賞作とか候補作、話題作ってところで読む本を選ぶ方でないので、原田マハさんの小説も今回が初めて。
ふとしたきっかけのような、作家とのこんな出会いのほうが私には面白いと思う。
素晴らしい作品には賞味期限も旬もないから、出会う時期がリアルタイムでなくっても私のアンテナにかかったと時が私にとっては読みごろ。
こうして私と作家との新しいお付き合いが始まる。


「ジヴェルニーの食卓」
4編の物語集
最初の一遍はアンリ・マティスを描いた「うつくしい墓」
マティスンの絵の様に
デトロイト美術館展で私がとりわけ気にいったマティスの絵「窓」を彷彿とさせるような描写。
カーテンを羽根のように優しく撫でるように、舞うように、風が、明るい陽光を運んでくるような、そんなマティスの絵のように、慈しみ、愛しむように、マティスという画家に作家の言葉で触れた一遍。


画家を語る言葉の一つ一つが美しく、画家との触れ合いのひと時は、今夏のこの暑さを忘れさせてくれるような……
作家の紡ぎだす言葉一つ一つを慈しむように味わっていきたいと思う。

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「この世に生を受けたすべてのものが放つ喜びを愛する人間。それが、アンリ・マティスという芸術家なのです」(うつくしい墓)。「これを、次の印象派展に?」ドガは黙ってうなずいた。「闘いなんだよ。私の。――そして、あの子の」(エトワール)。「ポール・セザンヌは誰にも似ていない。ほんとうに特別なんです。いつか必ず、世間が彼に追いつく日がくる」(タンギー爺さん)。「太陽が、この世界を照らし続ける限り。モネという画家は、描き続けるはずだ。呼吸し、命に満ちあふれる風景を」(ジヴェルニーの食卓)。モネ、マティス、ドガ、セザンヌ。時に異端視され、時に嘲笑されながらも新時代を切り拓いた四人の美の巨匠たちが、今、鮮やかに蘇る。語り手は、彼らの人生と交わった女性たち。助手、ライバル、画材屋の娘、義理の娘――彼女たちが目にした、美と愛を求める闘いとは。『楽園のカンヴァス』で注目を集める著者が贈る、珠玉のアートストーリー四編。<アマゾンサイトより>


マチ。
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by machiiihi | 2016-08-08 11:04 |

麻生圭子・著「京都早起き案内」

学生時代は京都に住んでいながら、
住んでいたというよりも、
単に京都のとある場所で寝起きしていただけだった学生時代の数年間。

大阪とは決定的に違う、日本中の何所とも違う「京都」という町に対する憧れを抱きながらも、京都なんか知らねぇよって、18歳の頃の私は世間知らずにも、素直じゃない上から目線で嘯いておりました。
家を離れての下宿生活に憧れていたけれど、通えなくも無い距離圏で下宿などもってのほかで、入学当初は大阪から京都まで通っていたものだから、前期の試験中は試験勉強を名目に親を黙らせ先輩の下宿に転がり込ませてもらっては、下宿ムードを味わっておりました。

今時の学生だったらマンション住まいなんでしょうけど、当時は、6畳一間で廊下に共同トイレと炊事場のあるっていうのが下宿アパートの専らで、電熱器と電気ポットと電気コタツが学生の三種の神器。そこに加えてトランジスターラジオを外せない必需品。レコードプレーヤーなんて皆が皆持っているって訳ではなくって、持ってる人の部屋に上がりこんでは楽しんでいた。
だからもあるんでしょうね。
今から考えると、ジャズ喫茶や、店内でかける音楽にこだわる喫茶店はだから人気があったんだろうねぇ。

試験勉強と称して転がり込んでた先輩のアパートは北山通りにあって、夜はクーラーのきいた喫茶店で一応勉強してた。その喫茶店は奥の部屋に大きなダイニングテーブルがあって、それがお気に入りだった「オーク」って名前のお店。
オーク、樫の木で作った長テーブルと長椅子が名前の由来だとか。
通りをはさんだ向こう側は植物園。
ずっと、ずっと前に変ってないかなって訪れたら変ってて、世間に媚びて都会的に、普通になりすぎていたような……。
今もあるかどうか知らない。

京都御所の東側、梨木神社近くで寝起きしていて、
付き合っていたカレだの先輩だのが、宝が池だの、上賀茂神社近くだの、銀閣寺道や百万遍だのあちこちにいたから、あちこちウロウロしていたけれど、思い出すのは上賀茂神社のバス停で、バス待ちながら食べてた、焼きたてのお焼き餅とか、ちょっと贅沢して買ったスグキだの、百万遍の交差点近くで店出してたフルーツ入りのアイスキャンディが美味しかっただのとか、そんなんばっか。

ったく、
豚に真珠
猫に小判 ってこういうのかしらね。

きっと、あの頃はそういう年頃ではなかったということでもあるんでしょうね。

ようように、
京都の小路を歩いてみようか
お寺さんめぐりをしてみようか
そんな気になってきた。
なんと言うことはない、
歩いては、ちょっと立ち止まり、
京都って、ちょっと横道に入ると、人が通っていないというだけでなく、時間が止まったかのような、そんな静かな空間が味わえる。
疏水…
柳の木…
石畳…
格子…
時間が流れても変らずそこに留まってあり続けるものがそう感じさせるのかしらね。

そういう時、所に自分を置いてみる
一人だけのお楽しみ。
そういうのって悪くはない。

そういう楽しさを共有できるのが麻生圭子さんの「京都早起き案内」

読みながら、ああ、あそこのあそこねって 頭の中で地図と風景を描いてみる。
といいんながら元来の方向オンチの地図オンチなもんで、「あそこ」と「ここ」がジグソーパズルのピースのまま頭の中で転がってるもんだから、地図に当てはまっていかないという地図オンチの悲しさよ。


もっと年取って、
夫も亡くなって(女って自分が先に死ぬことは考えないのよね)、
まだまだ足腰健康だったら、
京都のお気に入りをぶらぶらするのもいいわねぇと思ってるから、
この本片手に彼女が歩いた道をたどって、
そこから私のお気に入りのネタを仕込んでおくのも悪くないわねって目論んでる。

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「京都早起き案内」2013年刊行・PHP新書
カバーそでに書かれている内容紹介↓
早起きは三文の徳。ラジオ体操のように、京都を歩く。穴場は朝の数だけ見つかります。)
東京から京都へ移り住んだ著者は、よく「穴場を教えてください」とたずねられるが、簡単には答えられないという。なぜなら場所よりも「早朝に勝る穴場なし」だから。掃除したての、昼間とは違った清々しさ。人目にさらされていない、初々しさのある時間帯。下鴨神社や東寺――有名なのに、そこには誰も知らない自分だけの空間があるかもしれない。)
早起きをすれば、旅行者の限られた時間を有効に使うことができる。人ごみが苦手な人にとっては、お気に入りの場所を見つけるいい機会でもある。著名な神社仏閣だけでなく、魅力的な通りや池なども紹介。
Machi。
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by machiiihi | 2016-02-24 11:10 |

ミレニアム4 下巻を読み終える

面白かったです。

リスベットが、今まできっと隠し続けていたんでしょうね。
彼女が本来持っている優しさや正義感が、今までだったらそっぽ向きながら、木枯し紋次郎みたいに「あっしには関わりのねぇことでござんす」って言いながら……って風だったけど、ちょっと正面むき出してきた?かなって。
それと、
ちょっと言葉も多くなったかな?
って。
そんな風にも思えるところもあるけれど

それと
登場人物に語らせるってのも、もうちょい頑張って欲しかったなって思うところもあったけど

総じて
Good!
面白かったです。


きっと
これもそれも、

小説「ミレニアム」の生みの親であるスティーグ・ラーソンの設計した構想が揺るぎないものだったからでしょうねぇ。

ミカエル・ブルムクヴィスト
そして、そして我らが愛すべきリスベット・サランデル
そして彼らをとりまく人々
そして
ラーソンがこの小説を通して、リスベットの怒りを通して描こうとしたテーマ、いや、伝えようとしたメッセージ。
こうした、物語のベースが揺るぎなく確固としたものだったからでしょう。

次はどんな暗部にメスを入れていくのでしょうか。
次回もきっとあるでしょうから、楽しみでもあります。

Machi。
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by machiiihi | 2016-02-12 10:26 |

本『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 上巻」

ほ~っ
遅ればせながらですが、
ミレニアム4 上巻を読み終えたところ。
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このため息は、
逸る気持ちを抑えて、息を詰めるみたいに事の成り行きをじっと観続けて、見続けて……
そして、
あん
いいところで
「続く」
で、
ふ~っと、詰めていた息を一つ入れたのが「ほ~っ」
早く下巻を読みましょう~。


前作は全世界で大ベストセラーとなり、TVドラマや映画作品も多いに話題になった「ドラゴン・タトゥーの女」「火と戯れる女」「眠れる女と狂卓の騎士」の三部作。

→スウェーデン映画「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」
→リメイク版ハリウッド映画「ドラゴン・タトゥーの女」

原作者はスウェーデンのジャーナリストであり作家でもあるスティーグ・ラーソン。
2004年に出版社と契約するも同年に心臓発作により出版を見ることなく他界したことも話題になった。
ラーソンは10部作を予定していてすでに5作目までは考えていたとか。
ただ、相続でちょっとごたごたしてるってことも当時話題になっっていた。


そのミレニアムシリーズ。
続篇である4が昨年末に刊行された。
作家は亡くなったスティーグ・ラーソンから、ダヴィド ラーゲルクランツに引き継がれての今回の続編。


違う人間がミレニアムを執筆することには賛否両論があるだろうけど、
私はミレニアムに対してはコアなファンでもないから
私としては、リスベット・サランデルと雑誌『ミレニアム』の発行責任者ミカエル・ブルムクヴィストが、次にどんな事件に巻き込まれて、活躍(って表現でいいのかな?)するのか、
そっちの興味の方が強い。
作家というか、彼らを見続ける人間が変れば、視点も描き方も変るだろうけれど、
でも彼らが関わっていく内容ってのは絶対に面白いんじゃないかな。

続篇にあたるミレニアム74については、そんな期待の方が大きい。
上巻で出揃った材料が、下巻ではどんな風に絡みあい、どんな展開が待っているのか……
どんな伏線が現れるのか……


下巻行きます!


Machi。
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by machiiihi | 2016-02-08 15:53 |