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マチの、映画と日々のよしなしごと

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タグ:映画:カ行 ( 26 ) タグの人気記事

映画「神なるオオカミ」

監督はジャン=ジャック・アノー。
ショーン・コネリーのいぶし銀のような渋さが光る「薔薇の名前」、そして見るほどに胸にさらに深くしみこんでいく「愛人/ラマン」、それから「セブン・イヤーズ・イン・チベット」、狙撃手ジュード・ロウのグリーンアイが美しかった「スターリングラード」もこの監督の作品。
ジャン=ジャック・アノー監督作品にはお気に入りが多い。
脳裡に焼き付いているシーンもいくつかある。
動物を描いた作品も忘れ難い。
「小熊物語」
それから、幼い頃、人間の手によって離別した二頭のトラが成長し、互いに戦うべき相手として闘技場で再会した兄弟虎を描いた「トゥ・ブラザーズ」
何度か機会あれば見直すけれど、その度に「いい映画ねぇ」としみじみ思う。
熊でも虎でも子供のころのまるっこくって無邪気な姿を見せられたらねぇ……参ってしまいます。

そして本作では、オオカミの子供を育てる青年を描いている。
日本での劇場公開が見送られた映画を上映するイベント「未体験ゾーンの映画たち」の2016年で公開された作品。
予告映像はこちら
私はフー・ゴーからアリエル・リンへ追っかけ関連でウィリアム・フォン主演の本作を知って、アマゾン・プライムで視聴。
映画を見て、原作を読みたくなった。
映画邦題は「神なるオオカミ」
これは中国国内のポスターでしょうか。
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文化大革命の時代の内蒙古が舞台。
1967年、文化大革命の下放政策により内モンゴルにやって来た知識青年を通して、その地に生きる狼と、草原の遊牧民たちを描いた作品。
狼を崇拝し、自然の摂理を重んじ、狼たちと共生する遊牧民たちの、彼らの中に脈々と受け継がれている精神世界。
しかし政策という名の下で、人と動物と自然と共に生きる彼らの世界が引き裂かれる。

映画は、都会からやってきた青年が、保護しこっそりと育てる幼い狼との絆を軸に描かれているが、
原作はおそらく中国体制に対する強烈な批判精神に充ち溢れているだろうとは、映画を通しても容易に推測される。
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原作者は姜戒(ジャン・ロン)
文化大革命時は大学生で、1967年に知識青年として内モンゴルのオロン草原の村落に下放され、そこで11年間暮らしたとのこと。
その時の体験をまとめたものが本書。
ウィリアム・フォン演じる主人公の青年がジャン・ロン自身といえるだろう。

都会からやってきた青年は漢民族
遊牧の民とは異なる民族
そんなセリフも端々に出てくる。


原題は「狼図謄」
「図謄」はトータム或いはトーテム。日本語では部族、血縁(血統)の意味となるだろう。
遊牧民の長老が、狼を見習えという言葉がある。
我々の中には狼の血が流れているという。

これがジャン・ロンの描かんとする壮大なテーマの一つだろう。

国内での刊行は2004年。
その後、海外翻訳も次々となされ、中国(中華民国)建国後最大の著作物輸出作品となったそうだ。
中国で発売された原作の表紙
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映画は、
オオカミと遊牧民たちの、生き抜くためのすさまじい攻防を描いた映像は、さすがです。
アノー監督は本作の撮影までに7年の準備期間を経、35頭の狼を育てて飼いならすのに3念を費やしたそうで、撮影終了後、狼たちは調教師の手でカナダの野生動物園に映されたとのこと。


これはこれで映画作品としては完結しているだろう。
ただ、私としては、映画から零れ落ちたであろうものを、
ジャン・ロンが語らんとしたものを
原作を読んでみたいと思った。


アマゾンにて取り寄せ中。

原作では青年と狼の別れはドラマチックに描かれているけれど
原作では違うようだ。


映画を見て原作を読みたくなった。


Machi。


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by machiiihi | 2017-11-06 14:37 | 映画

映画「婚約者の友人」

アップしてから映画見ていて思ったことの書き忘れをひょこっと思いだした。
加筆してます

久々のオゾン作品
ちょっとここ数年の作品は私的には受けなかったけど
本作はトキメキの予感たっぷり。

公開初日、台風がやってくるという雨降りの中イソイソと、ウキウキと映画館へ。


私が、いえ、映画ファンの私たちが愛していた映画ってこんな映画なのよね!って
そんな思いでスクリーンの映像を見てるって、なんて至福の時なんでしょう。


まずは本作の監督
フランソワ・オゾン。
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やっぱりオゾン!
映画ファンの期待を裏切らない
彼って、まだまだ49歳なのね
まだまだ素敵な映画を撮ってくれる!
こんな映画みてると嬉しくなる。


物語は、

残酷な事実
そして心に負ったぬぐいきれない傷の深さ
そして、
切なくも悲劇的なメロドラマの気配を装いつつ、
このあたりもオゾンらしいわねぇ。
そこはかと涙を誘い、
観るものについついその気にさせて……

でも、でも、
オゾンがそんなセンチメンタルなドラマには仕上げるわけないじゃん。


ラストは、
しっかと、自分の足で歩く一人の女性の物語だった。

映画見ていて始めの方で思ったのが、ひょっとして、フランツはこの青年の恋人だった?!ってこと。
フランスからやって来た青年は何者?ってのがこの映画のキーワードなんだけれど、
彼が話すフランツとの思い出、ルーブル美術館で絵画を楽しむ二人や、ヴァイオリンを弾くフランツとそれを指導する青年の姿とかが映像で語られるんだけど、二人の姿とっても親密で、秘めた
恋っていう雰囲気。
だってそう思うのもオゾンの映画だもの。
トム・フォード監督の「シングルマン」や、グザヴィエ・ドラン監督の「トム・アット・ザ・ファーム」なども恋人を亡くした男を描いた物語。
「シングルマン」では恋人の葬儀にいけず、「トム・アット・ザ・ファーム」では恋人と言えず友人として葬儀に出席する青年を描いている。
いまにこの青年が両親や婚約者のアンナの前で思わず「フランツは僕の大切な恋人だった」って言い出すじゃないかしらって、ちょっとドキドキしながら見ていたりした。
だってオゾンの映画だもの。
まぁ、オゾン監督、見るものをあれやこれやとその気にさせて振り回してくれました。


そして、そしてアンナを演じた女優さん素敵でした。

ドイツに居た時のアンナ。
石畳の道をカツカツと脇目も振らず思い詰めているかのような規則正しさでもって歩いていたアンナ。
微笑むことも自らに禁じたかのように戦死した婚約者の喪に服するように日々を送るアンナ。

アンナを演じたパウラ・ベーア。
ドイツの女優。
日本の沢口靖子に似た面立ちの方。
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それがラスト。

オゾンマジックね。
愛と自由のパリの空の下
ルーブル美術館の床をヒールをはいて歩き、
青年が話していたエドゥアール・マネの絵の前で、話しかけられた男性ににこやかに応えるアンナ。
まっすぐに前を向いて微笑む彼女は、柔らかな美しさにあふれた一人の女性。

  しかし、この絵をモティーフに持ってくるなんて!
  オゾンだわねぇ。


テーマとしては「ブルックリン」に似てるかも
これはこれでステキな映画だったんですけどね。


本作は余分なものを削ぎ取った、とってもシンプルな映像。
それでいて情感がしっとりと漂ってくる。
というか、
情感に包まれたモノクロ映像というか、
そんな本作が好みだわ。

そしてモノクロ映像の中で、さらりと色彩を滑り込ませているのもニクイわねぇ。


この映画、友人を誘ってもう一度観に行ってもいいわねぇ。
ステキな映画をありがとう。

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Machi。
















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by machiiihi | 2017-10-23 09:59 | 映画

映画「彼とわたしの漂流日記」

日本公開は2010年。
まだ韓国映画にさほど興味をもって映画鑑賞リストに入れていなかった頃。
いやぁ、お茶の間シネマで大いに楽しませてくれたのだから
スクリーンで見たらもっと良かったことでしょうね。

借金地獄の人生に絶望して橋から漢江に飛び込み自殺した一人の男。
しかし運よく可、運悪くか、漢江に浮かぶ無人島に漂着。
泳げない彼のサバイバル生活が始まった。

どっからこんなユーモアが生まれたんだろうと思うほどに、
思わず笑ってしまう無人島での彼の生活。

本当に味わい深い役者さん。
飄々とした役から、武骨な役から、凄味のある役から、静謐な役から……
気負うでもなく、すっとその人物になりきっている。


「さまよう刃」を見たのも
本作を見て、ネットフリックスで彼の他の出演作を検索して。


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そんな彼の姿を
対岸のマンションの一室で引きこもっているひとりの女性が、カメラのファインダー越しに見つける。

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世間からはじき出され、世間との関わりを拒んだ「彼」と「わたし」の奇妙な出会いが始まった。
そして、
なんて優しく心が仁割温まる力を与えてくれるラストシーン。
これは是非見てほしい作品。

こんな素敵な映像を生み出せる国民なんだって実感。
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マチ。


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by machiiihi | 2017-05-22 16:32 | 映画

映画「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」


2007年59歳で夭折したエドワード・ヤン監督の「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」

台湾での公開は1991年。
日本公開は1992年。
その後メディア
25年の歳月を経て、4Kレストア・デジタル・リマスター版としてスクリーンに甦った。
上映時間は236分、約4時間。
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1961年に台湾で実際に起きた、中学生の少年による同級生の少女殺害事件をモチーフにした作品。

本作は未見。
今となってはエドワード・ヤン監督の作品が25年たった今スクリーンで観れるということよりも、チャン・チェンが主役の少年を演じ、これが彼の俳優の第一歩となった作品ということで、
14歳のチャン・チェンを見ましょう!ってミーハー的興味も大いに加味されて映画館まで足を運ぶ。
4時間弱、普通の映画2本文と言うことからでしょうか。
鑑賞料金が特典無しで一般料金2,200円。


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 ↑本作のチャン・チェン(撮影当時14歳だったとか)
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↑オムニバス映画「愛の神、エロス」(2004年)~ウォン・カーウァイ監督「エロス    の純愛~若き仕立て屋の恋」のチャン・チェン(26.7歳頃?)
「グリーン・デスティニー」でも「ブエノスアイレス」でもまだまだ青ぐさくって素通りだったチャン・チェンが、コン・リー相手に、青年の初々しい色香と切なさを感じさせ、一気に注目度急上昇。
 
少女役は決まっていたけれど、少年役がなかなか決まらず、
少年の父親役でチャン・チェンの父親がキャスティングされていて、ヤン監督から少年役と同い年の息子のチャン・チェンを紹介して欲しいとの依頼を受けての本作出演だったとか。
演技経験ゼロのチャン・チェン初出演にして初主演映画。
一年間ほど週に数回程度の割合で演技指導みたいな時間をもったそうだ。
彼のお兄さんも映画の中で兄役で出演。


ヤン監督は彼に会ってきっと即決したでしょうね。
監督の演出、演技指導もあるでしょうけど
映画観ていてそう思う。
醸し出す雰囲気、風貌もさることながら、決め手は彼の目じゃないかな。
柔そうに見えてぐっとしたリキを感じさせる目力。
ラストシーンは見せてくれました。
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トイレ休憩無しの4時間弱
途中で眠気が、
一回はトイレ中断が、
って思っていたけれど、

映画はドラマチックな展開ではなく
彼らの日常が淡々と描かれており、
抗争シーンもエキサイティングでもなく
映像もダークトーン
だけれど
トイレも眠気も覚えることなくしっかり4時閑弱、エンドクレジットまで確り観てました。


少年が持っている懐中電灯。
暗闇に、そこだけがぼお~っと小さな丸い光が明るい。
その灯りの中で文字を綴る少年。

少年は闇の中で懐中電灯を点けたり消したりする。
闇の中の小さく弱い光。


一つの時代を
台湾が抱える闇を
そこに暮らす彼れの闇と光
そして
青春という時代が永遠に持ちつづける不安定と一途さ。
そして
どんな時代であれ、生きると言うこと自体が、懐中電灯で照らし出された小さな光を手探りに闇を歩くことと同じではないだろうか。


一つの時代
一つの場所
一つの時間
そこにいた人々が織りなす営み
そして起きてしまったある出来事


しかし時間を経た今、
1人の少年が引き起こした事件は、その少年固有のものではなく、
台湾という国だけが抱える固有のテーマでなく、
人として生きるものの普遍的なテーマ
青春が抱える永遠のテーマが、エドワード・ヤン監督が描いた「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」にしっかりと脈打っている。


この映画の象徴としてある少年が手にしていた懐中電灯。

そしてラストシーンはある意味、衝撃だった。
声を荒げることなく、喜怒哀楽といった感情をほとんど表に出さず、淡々としていた少年が、
警察の一室で着替えを促され、警察官達に強いられた時、
彼は初めて感情をむき出しにして、声を張り上げて激しく抵抗する。


25年を経てこの映画に出合えたことも嬉しいし、
そして
この映画によって
チャン・チェンという俳優が生まれたこともまた嬉しい。


取りとめもなく、
まとまらず、思いつくままに綴ってます。
ちょっと映画に戻って……


映画冒頭で綴られる時代背景。
「1949年前後、数百人の中国人が国民党政府と共に台湾へ渡った。
安定した仕事と生活を求めてのことだった。
未知の土地で動揺する両親の姿に少年たちは不安を覚え、グループを結成し自己を誇示しようとした」


中国共産党が中国本土を完全に支配し、1949年に中華人民共和国を設立。
共産党との政権闘争に敗北した蒋介石率いる国民党は台湾に撤退、1949年12月に台北に新政府樹立。

ヤン監督と同世代の侯孝賢は、日本統治の終わりから国民党率いる中華民国が台北に新政府を樹立するまでを、ある一家を通して描いた「非情城市」を撮っている。
1989年公開の2年前までは台湾はずっと戒厳令下にあった。


1947年に上海で生まれ、2歳の時に家族とともに台北に移住したエドワード・ヤン監督。
この事件が起きた時、ヤン監督も少年とほぼ同じ年齢。
いわゆる外省人と呼ばれた少年の家族、そしてヤンの家族達もそうだっただろう。
少年だったヤン監督もこの事件に衝撃を受けたそうだ。
ある意味では、自らを語り、台湾を語り、時代を語るものとして彼の中で映画化に向けてずっとあたため続けてきたものだろう。


1949年に台湾にきてから12年になる……
少年の父親が、歯がゆさを飲み込みながら口にする言葉
上海では知識人として恐らくは自由闊達に暮らしていたのだろう。
しかし台湾での鬱屈とした暮らし。


少年が家族と暮らす家は、かつては日本人が暮らしていた日本家屋だろう。
日本統治時代の名残りが映像の端々に顔をのぞかせる。


こういう時代を通り過ぎてきたからだろうか、
台湾映画における青春映画って
なぜかノスタルジックで、忘れてしまっていた大事なものを甦らせてくれるような初々しさがある。
少年、少女を演じる俳優の色もあるんでしょうね。


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やっぱり
60年代から90年代にかけての映画っていいなってしみじみ思う。
2,200円出して映画館のスクリーンの前まで足運ぶだけの値打ちもんの本作でした。



Machi。

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by machiiihi | 2017-04-10 16:47 | 映画

映画「コインロッカーの女」

先日WOWOWで放映されていたので録画して週末の夜中に観る。
本作は「未体験ゾーンの映画たち2016」で上映された作品の一つ。

週末は次の日の起床時刻を気にしなくてもいいから、意地でも宵っ張りになる。
とはいうものの、大抵はテレビを観ながら転寝してしまっていて、夜中にごそごそとお風呂に入るのがいつものパターン。
この映画を観始めたのが零時過ぎていて、どうかすると寝てしまうパターンなんだけど、この映画は最期の最後までエンドクレジットまでしっかりと見入ってしまった。


コインロッカーにへその緒がついたまま捨てられた女の赤ん坊。
コインロッカーの番号10番からイリョンと名づけられたその女の子は、金貸しと臓器売買で裏社会を牛耳る女を母と呼び孤児たちを兄弟にファミリーの一員として育ち、母を絶対的な存在として忠実な犬のごとく母に従う。
イリョンの壮絶なサバイバルを描いたともいえる本作。
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裏社会を牛じる母を演じたキム・ヘスの存在感!
韓国の女優って、汚れ役は汚れ役で化けるんですねぇ。

そして、イリョンを演じたキム・ゴウンという女優。
風貌も彼女の持つラ童のような無垢、そして静かな凄みもまさに田中祐子!

韓国の女優って整形美女
美形が一番みたいなイメージだけど
主役演じる女優はやっぱり存在感のある女優。
最後は演技の力。
その女優が放つオーラ。

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裏社会に生きる女二人。
脱け出してみせる。
生き抜いてみせる。


生きることを否定されたところから始まったイリョンたちの、壮絶なサバイバル。
母もまた生き抜くために母を殺し、
生き抜く意思を持ったイリョンを前に
母はイリョンの持つ刃を受け入れる。
それは己に代わって生き抜いていくイリョンに対する最期で最初の母としての愛だろう。


「生き抜く」ということ。
理屈も御託もいっさい不要。
ただそのことを地べたから力強く描かれた作品とも言えるんじゃないかな。

本作を撮ったハン・ジュニ監督は31歳。
これが監督デビュー作。


まだまだ眼が離せない韓国映画界。

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コインロッカー幼児置き去り事件を題材にした村上龍原作の「コインロッカー・ベイビーズ」(1980年刊行)という小説がある。
1981年にはラジオドラマ化され、2016年には舞台化されているとのこと。
また刊行時だろうか、ヴァル・キルマーや浅野忠信、リブ・タイラーなどのキャストで映画化の話があったそうだが未だ実現されていないそうだ。
小説は未読で、本作と交錯する部分があるかしらと興味ありでこの小説も読むことに。




Machi。

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by machiiihi | 2017-03-13 15:37 | 映画

映画「哭声(コクソン)」

上映館のシネマート心斎橋では3月を最強韓国月間と銘打っている。
そりゃそうでしょう。
先週はパク・チャヌク監督の「お嬢さん」が公開。

そして11日からはナ・ホンジン監督の本作「哭声(コクソン)」
「チェイサー」でわお~!っって思わず叫び、
「哀しき獣」で見事にノックアウトされてしまったナ・ホンジン!
日本の國村準さんを引きずりこんで、今度はどんな映像を私に突きつけてくれるのか!

そして、
18日から公開は「アシュラ」
キム・ソンス監督作品は未見だけど、チョン・ウソン、ファン・ジョンミン、チュ・ジフンそしてクァク・ドォンといった脂の乗りきった40代揃い組みのこの面々は魅力でしょう。


さて本作「哭声」 →詳細はallcinemaで


こんな長閑な村で突然起きたおぞましい殺人事件。
物語はそこから始まった。
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クァク・ドゥオン演じる警官ジョングによって表出される、人間のもつ怒り、恐れ、不安、傲慢といった負の感情が渦巻き、
ファン・ジョンミン演じる祈祷師の漫画チックとも思えるほどのエキサイティングな祈祷が、さらに映像を加速させ、
目の前で繰り広げられる、このどんどんと様相が変わっていく展開に、ただただ息をつめて見続けるしかないという、映像のもつこのパワフルな説得力。

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映像が放つパワー、感情が、見るものを否応なく映像世界に引きずり込む。
この一体感は映画的快感でもある。
猟奇殺人事件を描いた「チェイサー」でわぉ~って思ったのもこの一体感。
「哀しき獣」では、訳が分からないけれど、やばい状況に落ち込んでしまった主人公が夜の街を必死にひたすら走り続ける崖っぷちの疾走感。
そしていつの間にか映像世界に引きずり込まれ、主人公と一体となっている私がいる。

よそ者として登場する國村準演じる日本人。
彼にここまで演じさせたナ・ホンジン監督。
そして演じきった國村準。

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映像の中の國村準さんを見ていると、
ナ・ホンジン監督作品が放つ映像パワーは、登場する役者それぞれの演じる者として力を最大限に引き出し、さらに未知数部分さえも、腹の底から引きずり出すからじゃないかなって思う。

こんな映画を見せつけられる、今の日本映画って、役者に対してずいぶんともったいない使い方をしてるなって思う。



そしてこの映画に登場する子役、警察官ジョングの娘で小学生のヒョジンを演じたキム・ファニの演技が凄い。
演じてます的なわざとらしさがなく、
おませで明るい普通の少女を演じ、
悪魔に憑かれたあとのふてぶてしさ、
悪魔払いで身をのけぞらせ、
映画では、負の感情が渦巻く中にあって、唯一の光、ジョングにとってひたすら守るべき者として存在するヒョジン。
そのヒョジンを見事に演じきったこの少女には脱帽。

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このキム・ファニだけではなく、韓国映画やドラマをみていると子役の演技、彼らの素朴で自然な演技に眼を瞠ることがしばしば。
ドラマなどは最初の2.3話は子役だけでひっぱる場合も多く、思わず感情移入することもしばしば。「宮廷女官チャングム」なども、チャングムの子ども時代を演じたあの子役の演技あってこそとも思う。


祈祷師を演じたファン・ジョンミン。
ファン・ジョンミンが祈祷師? 主演蔵じゃないの?って思ったけど、
悪魔払いの神がかったというか、芝居がかったというか、こんなエキサイティングで有無を言わさぬ空間を作り出せるのは、やっぱりファン・ジョンミンでしょう。
祈祷師ファン・ジョンミンVS悪魔とされる國村準
それぞれがそれぞれの場所で行う二人の祈祷対決はこの映画の大きな見せ場。
國村準の迫力に対抗できる、しかも祈祷師というどこやら胡散臭さ(?)も醸し出せるといえば、ファン・ジョンミンでしょう。


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いやぁ、最強韓国映画です。
ある意味、おどろおどろしさだけで、見るものを2時間半映像にしっかりと釘付けにさせたともいえる本作。
本作を撮ったナ・ホンジン監督、
圧倒的な説得力で観るものを惹きつけた役者たち。


またまた元気を貰いました!



Machi。







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by machiiihi | 2017-03-12 11:16 | 映画

こうの史代「この世界の片隅に」

いまもまだ上映中のアニメーション映画「この世界の片隅に」の原作を読む。

映画公開時に息子が「漫画だけどとてもいいよ」って貸してくれたもの。
活字物があれこれあって、映画観終わった後もこちらを読むモードに切り替わらなかったけど、
ひょこっと間が空いて読んでみようかという気になって……


前編の表紙をめくると
「この世界のあちこちのわたしへ」の言葉が。


「のん」こと能年玲奈さんの「すず」の声が耳の奥で甦ってくるような……


すずが、道に迷って紛れ込んだ遊郭。
そこですれ違った一人の遊女白木リン。
映画ではさらりと描かれているだけだったけど、
リンにもこの世界の片隅でリンの人生の欠片だけど描かれている。


「誰でも何かが足らんぐらいで
この世界に居場所はそうそう
無うなりゃせんよ
すずさん」



「ほいでも
なんで
知らんでええことか
どうかは
知ってしまうまで
判らんのかね」
すずの言葉に、生きていくということのしんどさが……


後編でも「すず」の人生の一片とと「りん」のそれとが交差する。


そして水原哲
海軍士官兵となってすずの前に現れた哲
「わしはどこで人間の当たり前から外されたんじゃろう
それとも周りがはずれとんのか。
ずっと考えよった」

「じゃけえ
すずが普通で安心した」
「ずうっと この世界で普通で…まともで居ってくれ」
そんな哲の言葉を普通に黙って受け止めるすず


姪の晴美を失い…
右手を失い…

「生きとろうが
死んどろうが
もう会えん人が居って
ものがあって」

「うちしか持っとらん記憶がある
うちはその記憶の器として
この世界に在り続けるしかないんですよね。」

のんの声と重なってすずの声が聞こえてきそうな……
やっぱり原作も読まないと
この映画は
そう思います。



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で、映画化にあたって、どれを、何所まで斬り捨てるかって
至難の業だがってこの原作を読んでしみじみ思う。

画家がどこで絵筆を置くか…それが名作と駄作の分かれ道だとか。
凡人はつい手を入れすぎてダメにしてしまうんだそうだ。
高校で美術部の顧問だった先生の話を思い出す。



Machi。


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by machiiihi | 2017-03-09 15:29 |

映画「群盗」

いやぁ~
久々に活劇の面白さを堪能。

カン・ドンウォン演じる剣の達人ユンが見せる流麗なる太刀捌き。
対するハ・ジョンウ演じる屠畜人トルムチは両手に肉切り包丁。
カン・ドンウォン186cm、ハ・ジョンウ184cm
このガタイがみせる立ち回りは、動きも大きく迫力あるしアクションとしても美しい。
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竹林での格闘シーンが美しい。
チャン・イーモウ監督「LOVERS」でも竹林での格闘シーンは美しかったけど、
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本作もなかなかに見応えあり。
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「悪いやつら」のユン・ジョンビン監督が、ハ・ジョンウとカン・ドンウォンを主演に迎えて贈る歴史アクション活劇。愛する家族を殺されたと畜人の男が、義賊の群盗に加わり、両手に持った肉切り包丁を武器に剣の技を磨き、剣豪の悪徳武官への復讐に立ち上がるさまを描く。朝鮮王朝末期の1862年。一部の官僚や貴族が富を独占し、貧しい民は搾取と弾圧に苦しめられていた。そんな中、と畜人のトルムチは、極悪非道な世継ぎ争いを繰り広げる剣豪の武官ユンにある女の暗殺を命じられ、それに失敗すると、逆に愛する母と妹を殺されてしまう。自分も危うく命を落としかけたところを、義賊団のチュソルに助けられ、彼らの仲間となる。そしてユンへの復讐を胸に武術の修行に励み、ついにその時を迎えるトルムチだったが…。
<allcinema>



この映画
見ているうちに極悪非道なユンの方に感情移入してしまう。
頭脳明晰かつ武芸に秀でるも、庶子であるがため要職に就く道は絶たれ、
父親の愛を渇望するも得られず、
彼もまた階級社会がもたらす不条理な力に翻弄された哀しい存在といえるだろう。
彼が修羅のごとき形相になるほどに悲哀が色濃く漂ってくる。
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そんなユンと比して
持つべきものを持たぬ者たちは
社会の枠を飛越えてアウトローとして生きていく
生きるも自由、死ぬも自由。
荒野を馬を駆るラストシーンなんてまさに西部劇。
アウトローの世界。

だからこそ
ユンという人間に象徴される、時代に囚われ翻弄され己を引き裂かれた者の悲哀が際立つ。


美しき冷血漢極悪非道のユンを演じるカン・ドンウォン。
彼って美しいだけって思っていたけど、本作見て役者としての彼をあらためて見直した。

ユン監督自身
「カン・ドンウォンを映画で見て悪役をしてもとても素敵だろうと思った。悪役としてカン・ドンウォンをきちんと作ってあげたいと思った。それでハ・ジョンウのスキンヘッドから映画を構想した時、台本が出る前にカン・ドンウォンに会ったし『こういう映画だけど、悪役をするととてもかっこいいと思う』と言ったら『後で台本を見せてください』と好奇心を見せた。それで後から台本を渡し、出演することになった」とのこと。
さらに、
非常にいい俳優だが、ビジュアルに長所が隠れた感じというか。俳優としてルックスのせいで過小評価される部分があると思った」とも語っている。

兵役についていたカン・ドンウォンが除隊後のスクリーン復帰作が本作とのこと。
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活劇見た~って思える作品
スクリーンで観たらもっと見応えあったでしょうね
まだこの頃はまだまだ斜交いに韓国映画を見ているところもあったし、
とりわけ美しい男優を持ってこられたら、それだけで映画作品的に疑心暗鬼になってしまうところがあったからね。
だから本作のようにカンドンウォのその涼やかともいえる美しさが、物語に悲劇性をもたらし活劇だけに終らないドラマに仕上がっているのは、監督の手腕でもあるだろう。



マチ。
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by machiiihi | 2016-08-09 14:53 | 映画

映画「帰ってきたヒトラー」

1945年4月30日に自殺したアドルフ・ヒトラーは、自殺直前の記憶だけを失った状態でベルリンの空き地で目を覚ます。ヒトラーは戦争指導に戻るため総統地下壕に向かおうとするが、ベルリンの人々が自分を総統と認識していないことに疑問を抱く。ヒトラーは情報を得るために立ち寄ったキオスクで、自分がいる時代が2011年のベルリンであることに気付き衝撃を受け、空腹と疲労が重なりその場に倒れ込んでしまう。……


本作を息子と観に行ったのが、イギリスがEUから離脱するか残留するかの国民投票当日で、離脱が判明したというそんなところだから、まったくタイムリー。

ラストシークエンスでは、今の現状に不満を持っている人たちの声も。
そしてヒトラーなる男に敬意を表する人たちも。

こういう作品を、
単にヒトラー=悪という型どおりの図式ではなく、ヒトラーが台頭した歴史的背景、そして今の現状をきちんと押さえ込んだ上で、ヒトラーとあの時代と向きあっている。
ドイツという国が、ドイツ国民が、ヒトラーと、彼らが生み出したあの時代ときちんと向き合ってきたのだろう。
だからこそ、ここまで踏み込んだ映画が撮れたのだろう。
思わず笑ってしまうけれど
笑ったすぐ後から、その笑いに隠された本来にぞっとする。

21世紀
観るべき映画!
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果たして日本は
何を語れるのだろうか。
毎年のように靖国という言葉が出てくるというのに……


マチ
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by machiiihi | 2016-07-12 13:30 | 映画

映画「カルテル・ランド」

終了真近の本作。
迷ったけど、やっぱり観に行くことに。

人が集まり、人々のエネルギーによって力が生み出され、そして、その力は集団の中で増殖、肥大化し、そこから新たな力関係が、欲望が、権力闘争が、そして新たな暴力が生み出される。
仲間内の小さな小競り合いから、果ては国家間の戦争まで、人類の歴史は、悪だの正義だのと言いながらも結局は戦いに明け暮れる……

そんな現実を垣間見せられた映像。
キレイ事では語りえない現実。
ここで描かれたものが全てとはいえないけれど、一つの現実であることは確かだろう。
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「ハート・ロッカー」のキャスリン・ビグロー監督が製作総指揮を手がけ、2006年から続くメキシコ麻薬戦争の最前線をとらえたドキュメンタリー。
メキシコ、ミチョアカン州の小さな町の内科医ホセ・ミレレスは、地域を苦しめる凶悪な麻薬カルテル「テンプル騎士団」に対抗するべく、市民たちと蜂起する。
一方、コカイン通りとして知られるアリゾナ砂漠のオルター・バレーでは、アメリカの退役軍人ティム・フォーリーが、メキシコからの麻薬密輸を阻止する自警団「アリゾナ国境偵察隊」を結成。
2つの組織は勢力を拡大していくが、やがて麻薬組織との癒着や賄賂が横行するようになってしまう。
若き映画監督マシュー・ハイネマンが決死の覚悟で取材を敢行し、メキシコ社会の実態を明らかにしていく。2016年・第88回アカデミー長編ドキュメンタリー賞にノミネート。(映画.comより)



で、
唐突なんだけど、
スティーブン・ソダーバーグよ、
「トラフィック」(2000年)で、よくぞあそこまで切り込んで描いたなと、今更ながら思う。
麻薬撲滅担当の大統領補佐官に就任したオハイオ州のロバート・ウェークフィールド判事のいるアメリカの首都・ワシントンD.C.
麻薬密輸の仲介を一手に担う売人のいるカリフォルニア州南部。
そして、アメリカとの国境にあり、麻薬供給ルートの中継地点となっているメキシコ最北端の都市・ティファナ。
麻薬密輸とそれをなくすための戦いに関わる人々を描いたそれぞれの物語が同時進行で描かれる。
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メキシコ社会に巣食う貧困、そこから生まれる犯罪、警察内部も賄賂が公然と罷り通る。麻薬カルテルと癒着した軍隊。
ベネチオ・デルトロ演じるメキシコ州の麻薬捜査官が、アメリカ側の捜査チームに情報と引き換えに要求したのは野球場の照明。
煌々と照明のついた明るい球場で、子供たちは暗闇の中の犯罪に手を染めず、白球を追い求める。

本作観てたら「トラフィック」観たくなった。


Machi。
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by machiiihi | 2016-05-30 09:06 | 映画