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マチの、映画と日々のよしなしごと

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タグ:映画:ナ行 ( 4 ) タグの人気記事

映画「ナイス・ガイズ」


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いやぁ~!
思わぬ化学反応起こして、元気よく花火が景気よく打ちあがったみたいなこの二人。

まさに
ナイス・ガイズ。

ガイ・リッチー監督の「シャーロック・ホームズ」のロバート・ダウニー・Jrとジュード・ロウも予想外のベストカップルだったけど、
ラッセル・クロウとライアン・ゴズリングのこの組合せはそれ以上!


映画のお話の大雑把なところなんかどうでもいいくらいに、この映画、
というより
この二人
気に入った!

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これってシリーズ化なるのかしら
おバカ映画でもいいわ。
この二人なら見に行くわ。


ラッセル・クロウもいい味出してるけど、
何といってもライアン・ゴズリング!
あなたって、ほんと、役者だねぇ。


来週公開の「ラ・ラ・ランド」がますます楽しみ。



殺し屋役が見たことある顔と思ったら、TVドラマ「ホワイトカラー」のマット・ボマー。
そして
ダメ親父ライアン・ゴズリングのしっかり者の娘役の芸達者ぶり。
ダコタ・ファニング? にしては顔が違うわねぇって思って調べたら
アンーゴーリー・ライスっていう15歳のオーストラリア出身の女の子。
「スパイダーマン・ホームカミング」や、「白い肌の異常な夜」をソフィア・コッポラ監督がリメイクする作品にも出演するとか。
注目しましょう。




後半でキム・ベイシンガーご登場。
「L.A.コンフィデンシャル」(1997年)が懐かしく思い出されて、こういうのは映画ファンには嬉しいわねぇ。
ラッセル・クロウもキム・ベイシンガーもお互いあの頃は若かったわねぇ~、とクスリと笑わせられる。


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アース・ウィンドウ・ファイアー始め70年代の懐かしの音楽も楽しめた!
いやぁ、映画って面白い!

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Machi。

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by machiiihi | 2017-02-19 20:00 | 映画

映画「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」

米アカデミー授賞式も終り、主要部門はサプライズもなく、ほぼ予想通りの結果。
「ゼロ・グラビティ」がここまで受賞するほど?って少し意外だったけど。
そして主演・助演男優賞は「ダラス・バイヤーズクラブ」の二人。
私もこの映画の感想の最後で、<マシュー・マコノヒーまさに入魂の一作。オスカーも受賞させたいと思うほどの本作でした。>って書いたほどで二人の受賞は嬉しいこと。

なんだけど……
だが、しかし、

アカデミー授賞式前の週末に観た本作。
そしてこの方。
ブルース・ダーン。
77歳。
この方の老いればこそのこの味はノミネートだけで終るには捨てがたいなぁって思うこと頻り。
アル中で家族から粗大ゴミ扱いのほとんど厄介者扱いにされている男ウディ・グラントを演じたブルース・ダーン。
授賞式には娘のローラ・ダーンが横に(付き添って)座ってました。
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NEBRASKA
2013年/アメリカ/115分
監督: アレクサンダー・ペイン



インチキ同然の宝くじ当選の報せを頑なに信じ、賞金を受け取りに、現在住んでいるモンタナから故郷ネブラスカまで行くと言い張り、その度に警察の厄介になるわ、家族がいくら説得しても当選したと言い張り続けるこの老人。

おかしくもあり、哀しくもある老いた一人の男の、この頑なさの向うに、ブルース・ダーンがみせる遠くを見つめる表情に、彼の人生、遠く過ぎ去った彼の時間に観るものの視線がいく。

ウィキィペディアで彼について改めて見ると、演出家で、映画監督のエリア・カザンが彼についてこう述べていたという。
ブルースは決して主役を演じるタイプではないし、これからも決してないだろう。しかし彼は演じる役になりきれるから素晴らしい。業界の誰ひとりとしてダーンが60歳になるまでその才能に気付くことはないだろう、と。


信じてるんなら、ネブラスカに行くまでの数日間、夢を見させてやっても……そんな思いで次男は父親を車に乗せてネブラスカに向う。
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そんな父と息子の、しがない二人のロード・ムービーともいえる本作。
何処までも続く道路と地平線、そしてなにもない平地。
そして映像と一体となったように全編に流れるマーク・オートン作曲の音楽。

豊かさとは無縁の、時の流れに取り残され、ただ老いていくだけともいえるネブラスカ。そしてそこに暮らす人々。
有名な俳優は一人も出てこないというのもペイン監督らしい映像。
そんななんでもない、地味すぎるほどのこの映像から、一人の人間の人生、そして家族なればこその絆、酒と共に男がどれだけの思いを飲みほしてきたか……おかしみと、哀しみと、そして優しさが静かに観るものに染みわたるような本作。

ブルース・ダーンがみせる老い。
口から先に生まれてきたような妻の前で、どれほどの言葉を酒で飲み下し続けてきただろう男の人生。
そんな妻を演じたジューン・スキッブの味も見逃せない。ペイン監督の「アバウト・シュミッツ」ではジャック・ニコルソン演じるシュミットの妻役も演じてましたねぇ。
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カンヌ国際映画祭ではコンペティション部門でパルム・ドールにノミネート、そしてブルース・ダーンが男優賞を受賞。
私の中でも本作が作品賞と主演男優賞だわと言いたいほどの本作「ネブラスカ」。
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Machi。
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by machiiihi | 2014-03-05 10:55 | 映画

映画「ニューヨーク・バーグドルフ 魔法のデパート」

…… ニューヨーク五番街とセントラルパークの角にある1901年創業の老舗デパート「バーグドルフ・グッドマン」の魅力に迫るドキュメンタリ ー………だって。

どんな素敵な夢を映像でみせてくれるのかしら?って観にいってきました。
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原題は「Scatter My Ashes to Bergdorf's」私の灰をバーグドルフにまいて………だって。
それほど、とりわけ女性を虜にさせてくれるのがこのデパート……だって。

「バーグドルフ・グッドマンで買い物をするために成功する、すなわちそれがアメリカンドリーム。上昇する為のモチベーション」………だって。

金時計とキャデラックが自らのステータスと、躍起になるセールスマンたちを描いた「摩天楼を夢みて」(1992年)と重なって、なんか貧しいナァって思う。
まさにビッグな時代のアメリカの象徴でもあるバーグドルフ・グッドマン。

ここ十数年以上、(日本の)デパートで、何でも揃っているはずのデパートで、欲しいものが何も見つからない私には、バーグドルフ・グッドマンの、購買欲を刺激するきらびやかな品揃えや、強烈な審美眼で顧客のハートをつかむやり手スタッフなどなど……
有名人達の賞賛のインタビュー映像と、オシャレな映像がつぎつぎと繰り出され、バーグドルフ・グッドマンの金かけて手の込んだCMフィルムをみせられているような……

それよりも、世界最高のウィンドウディスプレイとして賞賛されているという、バーグドルフのウィンドウディスプレイの製作現場や、過去のディスプレイをじっくりと見せて欲しかったわ。

結局、さほど夢をみせられる様な映像でも内容でも、何もなかった映画「ニューヨーク・バーグドルフ 魔法のデパート」。

映画のチラシに「ファッションの原点が、ここにはある」っていうコピー。
私にとって、ファッションの原点、オシャレ心を養ってくれたのは、10代20代の頃観た映画だわ。
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Machi。
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by machiiihi | 2013-11-19 00:00 | 映画

映画「女系家族」

山崎豊子さん。
88歳で先日亡くなられた。
最後まで執筆活動をされていたという。
彼女の原作で映像化されたものが追悼番組としていくつかBSやCSで放映されている。

彼女の作品はさらりと読み進めない重さがある。
一分の隙も、甘えも拒絶し、書き尽くそうという彼女の気迫が作品に充満しているような熱さがある。
読むほうも、その気迫、読むものに目を逸らさせることすらさせないほどの気迫で、熱に浮かされたように夢中になって読み耽り、読み終わった後はしばし放心状態になる。
戦後社会の闇、歪、不条理、その世界で蠢く者たち、そこに投げこまれた人々…彼女が切り裂き、読むものに突きつけるものは大きい。

山崎豊子が社会にメスをいれる作品の前、大阪・船場の商家に育った彼女が、船場を舞台にそこに生きる人々を描いた作品でも、彼女の鋭い観察眼は光っている。
そんな中の一つ「女系家族」(1963年/監督:三隅 研次)が、日曜日の夜にCSで放映されていたので観る。
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作品の概要はallcinemaあるいはWikイpediaを参照してもらうことにして……

やっぱりこの頃、この時代の邦画っては、本作も作品って本作もそうだけど、ほんとお腹にずしんとくるほどの見応えがある。
邦画を見なくなって久しい。
どちらかというと邦画作品よりも洋画がお好み。
でも若い時は邦画とか洋画とかあまり区別なく見ていたのだけれど。

原作、そして脚本もいいのだろうけれど、演じる俳優達がそれぞれに存在感がある。
最近の俳優って、演じているっていう演技を感じさせてしまう。
邦画を見なくなったのもそんな軽さ浅さを感じてしまうのも一因かもしれない。

例えば、長女・藤代を演じた京マチ子。
銀幕に咲く大輪の花。
映画は女優によってつくられている。
彼女をみているとつくづくそう思う。

なんで総領娘のこの私が妹らと同じ扱いになりますねん。
合点がいきません。
この相続うちには承知できまへん。
頑として総領娘の自分の立場を主張する
お嬢様育ちの我が儘と、長女のしっかりさと勝気さと、それでいてどこか世間知らずなおっとりさも感じられ、大きなっても「いとさん」そのまま。
「ちょっと、なかんちゃん!」と次女の千寿に鳳八千代演じる次女の千寿への言い方も「いとさん」そのまま。
その藤代の遺産相続の相談相手となって、あれこれと知恵をつける踊りの師匠、田宮二郎のジゴロ的な色男の雰囲気も自然で嫌味がない。
彼はこの時28歳だったとは。
横道にそれるけど「太陽がいっぱい」の時のアラン・ドロンは当時24歳だった。
今の俳優がこの役を演じたら、きっと妙に色気さ出しすぎるか、思わせぶりすぎて、嫌味に感じられるか、あまり色気を感じさせないか、だろうなって思う。

どこか違うんだろうって思うだけど、やっぱり「目」が違う。
「目」に、色気も、勝気さも、頼りなさも、野心も、怒りも感じられる。
黙っていても彼らの「目」が何をか語っている。

みんな大人の重みを感じさせた。
というよりも、演技者である前に、人としてみんな一人前の大人だったんでしょうね。
大人であるか子供であるかのどちらかで、いわゆる「若者」という世代が世代として存在しなかった時代だったんでしょうね。
学生時代から中高年になった今もずっとジーンズをはき続けているという時代ではなくって、何かを脱ぎ捨てて大人になっていく。
きっとそんな時代だったんでしょうね。


相続をめぐるいがみ合いの果に、姉妹たちは総領娘として生きなければならなかった母の、女としての哀しみを知る。
そして、戦前から戦後へと時代が大きく変わる中で、家という価値観にしがみついていた藤代は、「自分の身は自分で守るんや、そないお父さんが教えてくらはった気がする」そういって家を出る決心をする。
映画は、戦前から戦後、新旧の価値観が交錯する時代の中で、その硲から、家という所属意識から抜け出した藤代の、強かに生きる彼女のこれからの人生を思わせるシーンで終る。

山崎豊子が描こうしたのは、藤代を通して、一人の人間としてのあり方を描こうとしたのではないかしら。
船場の商家の娘として育った彼女も、商家の代々のしきたり、家長制度といった価値観の中で、一人の人間としてずいぶんと抗って生きてきたことだろう。
そんなことも思う。
私自身、大層な家ではなかったけれど、いわゆる母屋、本家といわれる家に育ち、親の時代には家長相続が当たり前のそんな家、周囲の環境の中で生れ育ったからか、家というものの存在、価値観は感覚として理解できる。

この「女系家族」の後に、山崎豊子は「花紋」を発表している。
美貌と類稀な才能を持ち、大正時代の歌壇に彗星のごとく登場するも、しかし、大阪・河内長野の大地主の総領娘として生まれた彼女は、因習という檻の中で、その因習に抗いながらも抗しきれず、自らの生を葬り去り世捨て人のごとくその後の人生を生きた、実在した一人の歌人の壮絶なる生を描いている。

マチ。
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by machiiihi | 2013-10-08 09:00 | 映画